残酷無比の時代劇にモノ申す!の巻

うぇぇぇぇ!!
なんだい?どうしたんだい?ククちゃん?女の子がゲロなんて吐いちゃって。はしたない。それでも君は大和撫子ですか?
うわぁ。気持ち悪い…てか、あんた女の子が嘔吐してたら色々と心配しなさいよ。最近はフェミとかいう人たちが怖い時代なのよ。ううう。
一理あるけど、このブログの趣旨に合わないのでその議題はパスさ。で?なんで吐瀉物を撒き散らし呻いていたの?
……そこはほら表現に手加減というものを…!
忖度してたら伝わりませぬ!!ゲロは臭くて堪りませぬ!!
ハッピーに薦められた漫画を読んだら絵柄はもちろん内容も救いが無さ過ぎて気分が悪くなってたのよ。なんなのよ…この漫画…!!
え?どんな漫画?
シグルイって漫画よ。あいつ。男同士の切ない友情のBLモノとかいうからちょっと刀剣乱舞みたいかな?って思って読んだら、開けてびっくり玉手箱よ!気分最悪だわさ。
(ハッピー君。スゲェ…な。よく、女の子にシグルイを薦められたな)
特にあの最期が気に食わない!なんで?三重は自◎しちゃうのよ!!私は女だけど、少しは男の気持ちも考えなさいよ!!
幸福な終わりだと残酷にならないじゃん?
残酷優先なんかい?!じゃ、なんであんな風に自害したか教えなさいよ!私を説得してみなさいよ!!論理的に説明しなさいよ!!
シグルイを論理的にって……はいはい。わかりましたよ。今日はシグルイを読んで消化不良のククちゃんの為に、シグルイの残された『謎』について考えてみようか。
まず第一に『作中の時代背景について』第二に『三重のタヒ』について第三に『魔』とは何かについて考えていこうか?
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シグルイの紹介記事はこっちだよ!最高のBL漫画だよ!!男の青春を描いた漫画だよ!!
そこ!嘘を教えない!!
シグルイを考える上で大事な背景について

『シグルイ』の背景を考える際には、江戸時代中期というより、江戸時代初期の武家社会を意識するのが適切です。
原作の『駿河城御前試合』で描かれる御前試合は、寛永6年(1629年)を舞台とする設定です。
江戸幕府が成立してから約四半世紀。戦国時代の記憶がまだ残る一方、社会は武士による統治体制へと移り変わっていました。この違いは重要です。
『シグルイ』の登場人物たちが持つ、命を懸けた武芸や主君への忠誠という価値観を理解するには、戦国時代の気風と、江戸時代に整えられていく身分秩序の両方を見る必要があります。武士は時代とともに、戦場で戦う存在から行政や統治を担う存在へと役割を変えていきました。
よくシグルイを読んで引っ掛かりやすいのが江戸時代のイメージなんだよね。この江戸時代は長すぎるから良くも悪くも日本の良い部分として美化されやすいんだよ。
江戸時代全体、こうだったのか?ってイメージね?
それは差別や誤認になりやすいから、シグルイを読む際は、江戸初期の武家社会とは何か?について考えると良いよ。
だからここで大事なのは江戸時代という漠然としたイメージではなく、武家社会とはどんなものだったのか?を知識として知っておくと理解が増すよ。
特に大事な五つの価値観(武家社会を支配していた五つの価値観)
① 家は個人よりも重い
武士にとって「家」は、単なる家族の集まりではありません。家名、所領、俸禄、主君との関係、先祖から受け継いだ立場を維持するための制度でした。
個人の幸福よりも、家を存続させることが優先される場合があります。跡継ぎとなる男子を確保し、家格を維持し、家の名誉を守ることは重要な責務でした。
② 主君への忠誠と上下関係
武士は主君に仕え、その命令や家中の秩序に従うことを求められました。ただし、主君と家臣の関係は一方的な服従だけではありません。家臣の働きに対して、主君が知行や俸禄、地位を与えるという関係でもありました。
主君への忠義は名誉ある行為である一方、主君の命令と自分の良心が衝突したとき、何を選ぶのかという葛藤も生みました。
③ 面目と恥
現代でいう「世間体」より、もっと深刻な意味を持つことがありました。
武士としての評判を失うことは、家中での立場や将来にも関わります。臆病者と見なされる、主君の期待を裏切る、武芸者として敗北する。そうした出来事を、単なる失敗ではなく、自分の存在価値を脅かすものとして受け止める人物もいたでしょう。
『シグルイ』で、登場人物が合理的な撤退よりも死闘を選ぶ心理を理解する鍵です。
④ 身分と序列
武士といっても一枚岩ではありません。大名、旗本、御家人、藩士など、所属や家格、役職、俸禄によって立場は異なります。
同じ武士でも、誰に仕えているのか、どの家の出身なのか、どの役目を担っているのかによって扱いが変わります。
そのため、武芸の腕が立つことと、社会的に高い地位にあることは必ずしも一致しません。
⑤ 礼儀と自己規律
武士に求められたのは、剣を振るう技術だけではありません。礼法、学問、主従関係に応じた振る舞い、感情の制御なども重要でした。
ここで興味深いのは、感情を抑え、規律を守ることが美徳とされる一方、その規律が人間の欲望や恐怖を抑圧する場合もあることです。
『シグルイ』は、その抑圧されたものが、極端な形で噴き出す世界として読むことができます。
現在の価値観と合わせて考えると頭が暴走しちゃうかもね
本当にこの時代は倫理観ゼロよね!
女性はどのように扱われたか?

| 項目 | 武家社会での意味 |
|---|---|
| 結婚 | 個人同士の恋愛だけでなく、家同士の関係や家格を結びつけるもの |
| 出産・跡継ぎ | 家を存続させるため、特に男子の後継者をもうけることが重視された |
| 夫への奉仕 | 夫やその家を支え、家の秩序を保つことが期待された |
| 家の管理 | 使用人の統率、家計、子どもの教育などを担う場合があった |
| 貞節 | 婚姻関係における貞操や、家の名誉を守ることが重視された |
| 実家との関係 | 婚家に移った後も、実家との手紙や人脈が重要な意味を持った |
福岡市博物館の武家女性に関する解説によると、17世紀後半には家を子孫へ引き継ぐことが重視され、女性には夫や跡取りを支え、夫の両親に尽くす役割が求められていきました。
一方、大身武家の夫人は、屋敷の奥向きや奉公人を統率する立場でもありました。
『シグルイ』の女性を考えるとき女性が男性の名誉や武士としての体面を維持するための存在として扱われる場面があれば、それは当時の家制度や性別役割を踏まえた描写として読めるんだ。
でもね。作品中の女性に対する暴力や極端な支配を、そのまま江戸時代の一般的な慣習と見なしてはいけないよ。歴史的に存在した女性への制約と、作者が物語のために強調した残酷さは区別すべきなんだよ。
漫画として誇張して描かれているということね。
『シグルイ』を読むなら、特に注目したいのは『登場人物たちが本当に自分の意志で行動しているのか?』ということなんだよね。それとも武家社会が要求する役割を演じさせられているのかという問いをもつことが大事なんだ。
武士としての誇りを守ろうとする行為が、本人の望みなのか。それとも、『誇りを失えば自分の居場所がなくなるために選ばざるを得ないのか』そして女性もまた、家の存続や男性の面目という価値観の中で、自分の人生をどこまで選べるのか。
この視点を持つと、『シグルイ』は単なる残酷な剣術漫画ではなく、身分・家・性別・名誉によって人間の自由がどこまで奪われるのかを描く物語として、さらに深く読めると思いうよ。
三重は何故、最期に自害したのか?

『三重が何故、自害したのか?』
結論的に、これがシグルイを語る上で一番の考察ポイントだと思います。
作中、あれだけ最後の決戦までは主人公、藤木と良い感じであったのに、裏切りともとれる最期を迎えたのか?
漫画の表現として、回想のページが出てくるように、三重にとって所詮、藤木も殿様に命令されればなんでもいう事を聴く傀儡でしかない。だから伴侶になる未来に絶望をして自◎した。
大体、これがネットにおける自◎理由なのではないでしょうか?
漫画は特に回想シーンを入れたりして露悪的に描いているしね。
そうよ。そうよ。結局、なんだかんだで、アンタも殿様(上司)の命令ならなんでも聞く。糞野郎なんでしょ!!ってことよ!
結論、私の事も殿様の命令一つで捨てるんでしょ!!ってことよ!!あああああああああああああああああああああああああああああああ!!
落ち着きなさいよ。でも……そう。その意見は常識的だ。でも上記の武家の価値観を照らし合わせると考え方は変わってくる。
武家の価値観と作中で描写される『魔』という考え方

『シグルイ』における「魔」とは何か?
『シグルイ』には、作中で明確な答えが示されないまま残された、「魔」という言葉があります。
では、魔とはいったい何なのでしょうか。
魔と聞けば、恐ろしい怪物や、人間を惑わす悪霊を想像する人も多いでしょう。
しかし、仏教における魔は、それだけを意味するものではありません。
魔とは、人の善行や悟りを妨げるもの。煩悩や執着など、人間の内側に生じる障害もまた、魔として捉えられてきました。
この考え方を現実の人間に当てはめてみます。
人は、強いストレスや逃れられない葛藤に直面するときがあります。
守りたいものがある。しかし、それを守るためには何かを犠牲にしなければならない。
自分の信念を貫けば誰かを傷つけ、信念を曲げれば自分自身を裏切ることになる。
どちらを選んでも苦しい。そんな状況に追い込まれたとき、人は何を選ぶのだろうか。
本来ならば避けるべき行動に走る。大切にしていたものを見失う。他者を傷つけてでも、自分の信念や誇りを守ろうとする。
もちろん、苦しんだからといって、誰もが道を踏み外すわけではない。
しかし、葛藤に囚われ、自分が何を守ろうとしていたのかさえ見失ってしまったとき、人は自らを破滅へ導くことがある。
そこに現実世界における「魔」の姿があるのではないかと考えます。
では、『シグルイ』における魔とは何なのでしょうか?
私は、逃れられない葛藤によって、人間の信念や執着が歪み、破滅的な行動へと変わっていく。そのような人間の内面の変質を、「魔」という言葉で表現できるのではないかと考えています。
武士としての誇り、忠義、己の存在意義。
それらは本来、人間を支えるものであるはずだ。しかし、それらに囚われ、ほかの選択肢を失ったとき、人間を支えるはずのものが、逆に人間を追い詰めるものへと変わってしまう。
守るために壊す。誇りを守るために自分を失う。正しさを貫くために、取り返しのつかない過ちを犯す。
その矛盾の果てに、人は「魔」へと至るのではないでしょうか。
もちろん、これは『シグルイ』における「魔」の意味を断定するものではないですが。
作品中の描写から、私なりに考えたひとつの解釈でもあります。
それでも私は、魔とは人間の外側からやって来る怪物ではなく、人間の内側に潜み、追い詰められた人間自身によって呼び起こされるものなのではないかと考えられるので。
ひとつ区別しておきたい点は。「魔に陥ること」と「ストレスによって悪い行動を取ること」は、完全に同じではないんだよ。ストレスを受けても、自分の信念を守り抜く人はいます。反対に、正しいと信じていた行動そのものが、他者を傷つけることもあります。
そこらへんはプロムン作品のEGOとねじれの因果関係を感じる時もある。
人間を支えるはずの信念が、なぜ人間を破滅させるのか?を考えることが『魔』を理解する上で大事ってことね。
乙女としてのジレンマ

三重にとって武家社会を壊してくれる伊良湖は白馬の王子様そのものであり、恋をするのに十分な相手でした。
しかし、仕置きによって伊良湖は追放されてしまいます。伊良湖が破門になり、三重はとんでもないストレスを追い拒食症になってしまいます。
その後、伊良湖が復讐の鬼として門下生を切り◎すことを知り三重の食欲は回復します。この感情は失恋からの回復に似ています。
ここで大事なことは三重は伊良湖のことを本気でガチ恋していたということです。
しかし伊良湖は劇中で父親の虎眼先生を斬り◎しお家を破門させてしまいます。
上記でも書きましたが、お家はこの時代にとってはとても大事な命よりも大事なものです。それを破壊した伊良湖に対して三重は武士の娘として『責務』として伊良湖を◎そうとします。
結論はみなさんもご存じの通り、藤木は無事に敵を討ち。三重の魔は無事に消失したと描かれています。
『魔』が消えた後はあとは乙女心のみが残り、
愛する殿方に殉ずる為、自害した。
封建社会で人間に『選択』という行為自体が無い武家の人間が最後は自分の意思を尊重して
人間として自尊心を守った。命をもって、封建社会を否定した。実に乙女で可憐なる結末。
このような考察も当時はよく見られたと言います。
この物語自体が文庫で30ページ程だからね。当時の読者は原作を読んだ上で、このような感想を抱いていたともいうよ
でも、やっぱり漫画を読んでる読者には無理筋の見解じゃない?
だから大事なのは最初の武士の価値観を知ることなのさ。当時はこうするしかなかった。
でも本心は伊良湖を愛していた。だから『魔』が消えたあとは添い遂げよう。自分の意志で逝こうという人間としての尊厳を守る思考回路さね。
それじゃ、藤木が報われないでしょ?!
それについては伊良湖との決戦前の三重との会話で藤木は十分に報われていた。という作者の回答がございます。
まとめ

殿様ですら封建社会の社会システムの前では猿回しの傀儡だよ。
最初に暗君が乙しているから、作中でなんの裁きもないのがさらに残酷さを増しているわ。
まぁ、あの殿様も20年くらい前までは戦国の時代と考えると被害者なんだけどね。
あああああ!!誰も報われてない!!
タイトルも『死狂い』ではなく『士狂い』という意味が最高に皮肉がきいてるよね。
く、狂ってる。登場人物みんな狂ってる…!!
敵も味方も狂ってる。
というわけで。今日は漫画版・シグルイの考察をしてみたよ。色々と取材とかして大変だったよ。でも、なんか作品に対する知見が深まって良かったです。
結論、私は納得できなかったわ。
当時の武家の考えを現代の価値観で考えることは無謀で危険だって。無理に理解しようとしちゃ駄目だよ。

完
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フリートーク

で…なんで?ハッピー君はシグルイを女の子に薦めたんですか?君は女の子に薦めてはならない三大漫画を知らないんですか?
え?だってボクが流れ星の練習してたら、ククが興味ありそうに元ネタ漫画を聞いてきたんだよね?
何?仕事さぼって虎眼流の稽古してるねん?
構うな!
構うわ!!君、ボーナス査定マイナスな!
そ、そんな残酷な…!!御前試合で藤木に伊良湖の斬首を命じた審判並みに無慈悲じゃん?!
あれはあの二人の攻防があまりに凄すぎて観戦してた凡人には塩試合にしか観られないから殿様の機嫌を取る為に命令した説が濃厚だよね。
さらに補足するなら、その上で『藤木は刀をあらぬ方向に投げる=藤木の剣は誰にも評価されない』という意味から最後は藤木は剣さえ見捨てて剣に見限られたという説もあるんだよ。
だから最期、すべて奪われたって言ってるのね。
『自分達の人生の限りを尽くした奥義も武家のお偉い方にとっては不足者が剣を振るえずに手からすっぽ抜けて目暗が剣をあらぬ方向に振り上げて空振りしただけ』と捉えられたというのが尊厳破壊に拍車をかけてるんだ。
やっぱりシグルイって狂ってるよね?
この漫画。報われるというということが一切ない漫画だよね。
というわけで今回はシグルイについて考察してみたよ。読み方には注意が必要だけど、時代考証などを考えると本当に味わい深いので読んでみると良いよ。
色々な作家さんがシグルイを引用しているのも面白いよね。
一度は読んだ方が良い。そして二度と読む気が失せるそれがシグルイだ。



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